1886.07.14.-1944.09.02 1904 帝国海軍入隊 1914-1918 魚雷艇V3&V45司令官 1916 ユトランド沖海戦に参加 1918 ドイツ義勇軍 エアハルト海兵旅団入隊 1919 エアハルト海兵旅団隊長 1921 コンスル入隊 1928 SA及びNSDAPに入隊 ザクセン州議会NSDAP議会議長 1932 NSDAPとして国会議員になる 1933 突撃隊第1上級集団長 ザクセン州警察長官 ザクセン州政府長官 ザクセン州首相 突撃隊第4上級集団長 1935 人民司法裁判所メンバー 1936-1938 駐米国サンフランシスコ領事 1940-1941 駐スロバキア ドイツ公使 1941-1944 駐ルーマニア・ブカレスト ドイツ公使 1944 自決
日本では全く語られる事が皆無と思われるマンフレート・フォン・キリンガーを調査した本です。 駐ルーマニア・ブカレスト ドイツ公使のキリンガーはヒトラーより3歳上で 第1次大戦では海軍軍人として勇敢に戦い鉄十字(1914)も授章した英雄でした。 しかし第一次大戦の敗戦後、直ぐにキリンガーはドイツの復活の為に ドイツ義勇軍に参加し、過激な活動をしていました その時、救世主が現れキリンガーは時間を置く間も無くヒトラーの考えに同調しました。 武闘派であり頭脳優秀なキリンガーは徐々に政治の才能をを開花し、 ナチ党の要職に付く事になりました。 ザクセン州のトップに登りつめた彼は、外交の道に進み、アメリカ スラバキアの外務を担当し 1941年から1944年迄長期に渡り ルーマニアの公使を務め、現地のユダヤ人虐殺にも大きく関わりました。 当時ルーマニアのイオン・アントネスク元帥がクーデターにより失脚し ソ連軍が目前に迫る中、大使員を避難させ、自分は1944年9月2日自決しました。 この本はそのマンフレート・フォン・キリンガーを徹底的に調査し 生誕から第一次大戦、第三帝国時代、家族(妻も娘も終戦直後自決しました)など 全てが書かれおり、生前に出版した本も紹介されています。 30枚の写真 Copyright © 2004-2020 PANZERBOOK.COM . All rights reserve |
DVG | Bert Wawrzinek | ||
ドイツ | 247 | ||
2003 | 30枚の写真 | ||
25cmX17cm | ハードカバ- | ||
独語 |
Manfred von Killinger (1886-1944)
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マンフレート・フォン・キリンガー 突撃隊大将 伝記 |