![]() Breslau Une forteresse imprenable fèvrier - mai 1945 ブレスラウ 難攻不落の要塞 1945年2月~5月
ブレスラウ攻防戦の大変貴重な資料&写真集 ドイツ軍が終戦直前まで抵抗した戦い(5月6日降伏)を要塞地区の状況を詳細に調査した資料で 各部隊の命がけの戦闘、国民突撃隊の実情、ベルリンとの駆け引きなど の行動がリアルに記録されていいるのは大変貴重です。 *個人的に驚いたには、日本でも人気があったフランス出身の人気歌手カテリーナ・ヴァレンテ日本では(情熱の花)(恋のバカンス)などのヒット曲もつ彼女だが 13~14歳の時ブレスラウに住んでおり、防衛戦ではドイツ軍の負傷兵の看護にあたっていた!(看護師では無い)その時の証言が書かれており収穫です。 以下出版社の紹介文 1945年2月、赤軍はポーランド平原を突破し、東ドイツへと進撃した。 ドイツ軍はこれを阻止しようと試みたが、赤軍の目標はオーデル川流域を制圧し、ベルリン、そしてシレジア地方の首都ブレスラウへと到達することだった。 この地域は12世紀にドイツ人入植者によって開拓された地であり、それまで戦争の被害を免れてきたドイツの一地方が、突如として戦火に巻き込まれることになる。 1945年2月から5月にかけて、はソ連第6軍に包囲され、80日間にも及ぶ長期包囲戦を強いられた。 著者は、シレジアの首都が難攻不落のまま、ドイツ軍の全面降伏後にようやく陥落したこの長期包囲戦の経緯を、克明に描写する。 これはあまり知られていない歴史の一章であり、記憶されるべき出来事である。 本書では、極寒の冬における民間人の避難、要塞への物資補給と負傷者の搬送を目的とした空輸作戦、 そして残された10万人の市民の支援と勇気によって持ちこたえた都市の様子が描かれています。 彼らの規律と忠誠心は、要塞を難攻不落のものにするのに貢献しました。 しかし、この勇気もむなしく、シレジアはスターリンに割譲され、スターリンはそれをポーランドに与え、ドイツ人を追い出し、 ソ連に併合された東ポーランドから追放されたポーランド人を入植させました。しかし、それはまた別の話です。 本書には、約280枚の写真を含む豊富な図版が添えられています。 主な守備部隊 第609特別編成師団 SS連隊Besslein Mohr連隊 Wehl連隊 Hanf連隊 Sauer連隊 戦車猟兵大隊ブレスラウ(突撃砲戦車装備) 工兵連隊ブレスラウ(戦闘団Moller) 48両のゴリアテ装備 通信連隊ブレスラウ 第26降下猟兵連隊 国民突撃隊多数 他
285枚の写真・36の地図
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