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ヴァイマル共和国軍ハンブルク支所:1934年10月〜
第20歩兵師団:1935年10月15日〜
第20歩兵師団(自動車化):1937年10月12日〜
第20装甲擲弾兵師団:1943年7月23日〜1945年5月8日
 別名、ハンブルク師団
この師団は、数多くの有名な戦地に参加しています。
ポーランド侵攻→ベルギー→フランス(西部戦線)→バルバロッサ作戦→ミンスク包囲戦→ヴォルホフ戦線→
ヴェリーキエ・ルーキの戦 →ドニエプル川流域戦→カメネツ=ポドリスキー包囲戦
オーデル・ナイセの戦い
→バグラチオン作戦→リヴィウ=サンドミェシュ攻勢ヴィスワ=オーデル攻勢
装甲軍団グロスグロスドイッチュラント配下となりシレジアに展開→第6SS装甲軍配下→オーデル・ナイセの戦い
ゼーロウ高地の戦い→ベルリン市街戦→タンガーミュンデにおいて米軍に投降

柏葉5名
騎士十字41名
銀色ドイツ十字章3名
金色白兵戦章7名
金色ドイツ十字章125名
名誉監章32名


ウィルヘルム・モース軍医大佐(最終)が生前残した日記が発見されました。
1939年9月1日〜1947年2月25日迄の事がほぼ毎日記載されており大変貴重な資料となっています。

彼は第一次大戦で兵士と参戦した後、ヴァイマル共和国軍が創立とほぼ同時に軍医として参加しました。
ポーランド進入時はベルリンで陸軍医医療検査官をしていましたが
フランス戦直前に第20歩兵師団(自動車化)の医師部隊のトップとして1943年の初頭まで同部隊に在籍しました。
その後、XIV. Panzer-Korps (第14装甲軍団)の本部付けの医師としてイタリア戦線に参加しました。
この時、英雄的行動で銀色ドイツ十字章を授章し戦争が終わりました。
捕虜収容所から開放されたのは1947年でした。
この本は医療将校の資料としても大変貴重で、第20歩兵師団(自動車化)時代や移籍後のイタリア戦線医療部隊の
まれにみる珍しい記録です。

写真等も大佐の持ち物で全てが未発表です!

 
ウィルヘルム・モース
1899-1954
2級鉄十字1914 
2級鉄十字章1939年略章
1級鉄十字章1939
剣付き戦功十字章1級
銀色ドイツ十字章


約800の写真・16の地図
   
   
   
   
   


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Being a medical officer in World War 2
The war diary of Dr. Wilhelm Mauss

1st September 1939 - 25th February 1947
ウィルヘルム・モース軍医大佐の戦場日誌 1939-1947(英) 
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